地方のお寺では、住職の後継者がいない話をよく聞くようになりました。
妻の伯母の菩提寺(故人・先祖の供養を託すお寺)も、10年以上前から住職が不在で、僧侶ではない管理者が居るのでお参り自体は可能ですが、読経は別のお寺の住職にお願いする状態が続いているそうです。
妻の伯母(享年90歳)の葬儀は10月8日で、その後私が香典返しを手配するために、喪主(妻のいとこ)の自宅には何度か訪問していたのですが、49日の法要は自宅ではなく、この菩提寺で勤めるということで、当日私たち親族は菩提寺に直接向かったのです。
住職不在とはいえ、本堂はきちんと整備されていましたし、代行で来て下さった住職からは、大河ドラマ「麒麟が来る」のエピソードを交えた法話が聞けたこともあり、とても満足な49日法要でした。
伊藤嘉章
宗教色を全く感じさせない形の葬儀で、叔父(父の妹の夫)を送りました。
フランクシナトラの歌う「マイ・ウェイ」をバックに、マイ・ウェイの日本語訳を朗読する演出が、ダンディな叔父(享年79歳)のこだわりだったそうです。
エンバーミング(遺体衛生保全)も施して、こだわりの衣裳をまとっての入棺です。
僧侶や宗教者は、だれも登場しません。フランクシナトラのBGMが流れる中、弔問者は次々と献花にまわります。
葬儀社の人に聞くと、「大阪府内の全館で1割ぐらいの喪家さまが、今回のような自由な葬儀を選択される時代です」ということでした。
伊藤嘉章
住職の体調が心配だったので、父の七回忌法要は、叔父・叔母に同意を得て、家族4人(私・私の妻・長男・次男)だけで菩提寺で勤めました。
遡ること13年前、私の父は兄(→長男=私の伯父)が欠けたため急遽、伊藤家の当主を受け継ぐことになりました。
その際、①菩提寺(先祖の供養を託すお寺)を伊藤家の本来のお寺に戻す ②伊藤家のお墓を、四日市市営墓地に移設する という2つの課題に着手しました。
父が市営墓地を入手したのは1982年でしたが、次男なので分家として新設するつもりで確保していたのです。
1985年に祖父、1989年に祖母を送った際、伊藤の本家は亀山市にあり、葬儀もその後の法要も亀山市のお寺にお願いしてきました。今回、菩提寺をこの亀山市のお寺から、津市にある本来(父たちの生地)のお寺に戻すことを、父と父の弟・妹6人の総意で決めたのです。
またお墓の場所は、津市の本来の菩提寺の地所でしたが、小高い山のてっぺんで高齢者にはとても負担だったので、住職に改葬許可をもらい、2007年4月、四日市市営墓地に新築・改葬が完了しました。
5代にわたる先祖を供養するため、それぞれの名前を刻まず、「先祖有縁一切精霊」としました。
伊藤家の当主としての務めを果たした7年後の2014年8月13日、私に当主を引き継いで父は旅立ったのです。(享年84歳)
伊藤嘉章